公開日:2024/7/11

最終更新日:2024/7/11

様々な分野で活かされる「糖質」の力
トレハロースを用いた埋蔵文化財の保存処理

主に食品や医薬品、化粧品の分野において、その優れた機能性が活かされてきたトレハロース。今回はこれらとは少し趣の異なる、文化財保存という分野でのトレハロースの活躍についてご紹介します。
貴重な歴史資料を未来へ残していくための手法として、2008年にトレハロースを用いた保存処理方法が開発され、大きな成果を上げています。

土中・水中に眠る貴重な木製遺物たち

土の中や海底の遺跡から発掘される船や器、農具といった古い時代の木製遺物。
通常なら、土や水の中に埋まった木製品は年月の経過とともに微生物に分解されるなどして朽ちてしまうはずですが、水分が多く酸素の少ない環境下では微生物の活動が止まることなどにより、現在まで何百年、時には千年を超えて残存する場合があります。
しかし、こうした遺物は形をとどめてはいるものの、木質成分が分解・流失しており、その代わり過剰に水分を吸っています。この状態で発掘後不用意に乾燥させてしまうと激しく収縮し、形は損なわれてしまいます。

そこで世界各国で木製遺物(水浸出土木製品)の保存方法が研究されてきました。これまで世界的に主流となってきたのは、ポリエチレングリコール(PEG)溶液を浸み込ませて補強する「ポリエチレングリコール含浸処理法」(以下、「PEG法」)でした。しかし、このPEG法は含浸に時間がかかる、場合によっては含浸処理中に遺物が変形する、高温多湿の環境では処理後にPEGが浸み出してしまう、といった問題を抱えていました。

こうした問題を改善する方法が模索される中、糖類を用いる含浸処理法が奈良県立橿原考古学研究所(当時。現・奈良大学 学長)の今津節生氏によって研究されていました。
これに興味をもち、研究に加わったのが、今回お話を伺った東北芸術工科大学 文化財保存修復研究センターの伊藤幸司教授です。

▲伊藤幸司教授(1995年から約30年間、糖類を用いた含浸処理法の研究に携わっている)
(写真提供:伊藤幸司教授)

糖類を用いる処理方法で、従来式の問題を改善

当時の伊藤さんは大阪市文化財協会に所属し、埋蔵文化財の保存処理に関する技術を研究していました。今津さんと、研究に加わった伊藤さんがまず取り組んだのは、糖アルコールの一種であるラクチトールを含浸させる方法です。

糖類を使った含浸処理は、遺物を糖の水溶液に浸したのち、液を加熱して糖の濃度を上げながら木の組織内部まで含浸させます。充分に糖を含浸させたのち、遺物を糖の水溶液から取り出すと浸み込んでいる糖の水溶液の温度が下がることで過飽和状態となり、固化します。さらに遺物に風を当てて水分を蒸発させて残留している糖の水溶液を濃縮し、固化させます。

画像提供:ナガセヴィータ株式会社



分子量が小さく浸透しやすいラクチトールは、PEGに代わるものとして非常に有効でしたが、これもまた完全ではありませんでした。

「ラクチトールは、適切な結晶ができれば非常に安定的な保存状態を保てます。しかし、そこにキーポイントがあって、生成させる結晶の種類が悪いと遺物を壊してしまう、ということが起こります」と、伊藤さんは話します。

ラクチトールの結晶には4種類の結晶形があり、水溶液の濃度・温度など結晶化させる際の条件によって生成される結晶が変わります。4種の結晶形はそれぞれ性質が異なるため、保存処理を成功させるには、保存処理に適した結晶を確実に作ることが重要となります。しかしそのために、含浸する最終濃度や結晶化させる温度などを細かく管理することが難しく、熟練者でなければ失敗することも多かったのです。

トレハロースの持つさまざまな特性が要求にマッチ

トレハロースを用いる方法の研究が始まったのは、2008年のことです。
実はトレハロースは、もともと今津さんが糖類含浸処理法の研究を始めた1990年代初頭から、主材の候補に挙がっていました。しかし当時トレハロースは非常に高価であったために、代替品としてラクチトールが選択されたのです。
それが1995年、ナガセヴィータ(Nagase Viita)がトレハロースの工業生産に成功したことで、価格は従来の100分の1ほどになり、入手しやすくなりました。また、その後ラクチトールの供給が不安定になったこともあり、再びトレハロースに光が当たったのです。

画像提供:ナガセヴィータ株式会社



「トレハロースを使ってみるとすぐに、ラクチトールよりも圧倒的に扱いやすいことがわかりました」と、そのときの印象を話す伊藤さん。
ラクチトールに比べ耐酸性や耐熱性に優れるトレハロースは、酸性化した高温の含浸水溶液中でも分解されず安定して存在します。また、トレハロースは水溶液の温度上昇による溶解度の上がり幅が大きいので、温度を下げることによって得られる結晶量が多いこともメリットでした。
トレハロースの結晶は吸湿性が非常に低く、日本をはじめとする高温多湿の地域でも、保存処理後の保管が容易になりました。

また伊藤さんは「理屈が簡単ということは、それだけ自由度が高く、応用が効きやすいということ。私にとっては、これがトレハロース含浸処理法の一番の魅力です。」と話します。
トレハロース含浸処理法は、劣化の度合いが少ないものに対しては低濃度で処理を終えることも可能です。また布など本来の色を残したい遺物に対しては、結晶よりも透明度の高い「ガラス」状態で固めるなど、遺物の状態に合わせて固化する方法を操作することができます。
こうした利点により、良好に保存できる遺物が布や縄、漆器、といった繊細な素材にまで大幅に広がりました。
また釘などが付属した木鉄複合材に対しては、PEGは吸湿するため保存処理後に鉄が腐食して周囲の木部も傷んでしまいますが、トレハロース含浸処理法はその特性により鉄の腐食も防ぎます。

▲トレハロースで保存処理を行った木鉄複合材の鉄部分
画像提供:ナガセヴィータ株式会社



これらの研究の過程では随時、ナガセヴィータの社員もトレハロースの特性に精通した専門家として、結晶化/ガラス化のメカニズムなどについて解説・アドバイスを行いました。

▲当社の研究所(岡山市中区)とトレハロース(製品名:トレハ®)
画像提供:ナガセヴィータ株式会社

サステナブル・ストーリー

続きが気になる方は、是非ナガセヴィータのwebマガジン「サステナブル・ストーリー」をご覧ください。
(ページ中段から続きの「元寇沈船隔壁板の保存処理プロジェクト」が始まります)
https://group.nagase.com/viita/sustainability/partnership/07/

ナガセヴィータが製造するサステナブルな素材は、私たちの身近なところや、意外な分野で活躍しています。サステナブルのヒントを求めてplaplatをご覧の皆様へ、今後紹介していけたらと思います。

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ナガセヴィータ株式会社

<所属>サステナビリティ経営部門コミュニケーションデザイン部
<専門分野>グループのバイオ事業を牽引するメーカーとして、糖質・酵素・機能性素材の開発・製造・販売を行っています。
https://group.nagase.com/viita/