ホスゲンと聞くと危険なイメージがありますが、ポリウレタンフォーム(PUF)には欠かせないイソシアネートの原料です。どの構造のイソシアネートもアミンとホスゲンから合成されるため、イソシアネートの構造は使用するアミンに依存します。厳重に生産・管理されているため私たちが直接入手することはありません。
ホスゲンの危険性
ホスゲンは過去に毒ガス兵器として使われていたこともあり、確かに危険な物質です。加水分解されて塩酸を発生させるため体内に侵入すると刺激症状が出ます。吸引量が多い場合は呼吸困難や肺炎の原因となり、高濃度の場合は短時間の吸引でも命の危険を及ぼします。1999年には実際に国内工場で事故が発生しました。ホスゲンの配管内で2人の作業員が清掃作業を行っているにも関わらず連絡ミスによってホスゲンが流れ込み、1人が死亡しました。2008年にも別の工場で漏洩事故が発生し、敷地内の12人と近隣住民1人が体調不良を訴えました。もちろん管理の厳格化は進められていますが、製造現場では常に注意しなければならない物質です。
ホスゲンの合成
ホスゲン合成の化学反応式は非常に簡単なもので、一酸化炭素と塩素の反応によって合成されます。ホスゲン専業のメーカーは無く、イソシアネートを生産する大手化学メーカーが中間体としてホスゲンを生産しています。安全に生産する技術が確立されているため、近年では事故は発生していません。なお、ホスゲンは融点8℃・沸点20℃の気体であるため実験室レベルでのイソシアネート合成では液体で扱いやすいトリホスゲンが使われます。
ホスゲンの用途
ホスゲンの用途はイソシアネート(80%)とポリカーボネート樹脂(10%)がほとんどを占め、残りの約10%には医薬品や農薬の中間体などが含まれます。イソシアネートはMDIとTDIが主で、MDIの場合はてポリメリックジフェニルメタンジアミン(MDA)、TDIの場合はトルエンジアミン(TDA)がホスゲンと反応します。ポリカーボネート(PC)は耐衝撃性・耐熱性に優れるエンジニアリングプラスチックとして使われており、ホスゲンとビスフェノールA(Bis-A)の反応によって合成されます。イソシアネートやPC樹脂の合成にホスゲンを使わない方法が模索されたこともありますが、結局前駆体の合成にホスゲンを使わなければならないなど、ホスゲンの代替技術は確立されていません。
ホスゲンの市場状況
工場で生産されたホスゲンのほとんどは同じ工場内で反応に利用されるため、大量に遠距離まで輸送されることはありません。そのためイソシアネート・PC樹脂の生産量が多いメーカーが市場でシェアを握っています。地域別では中国・欧州がウェイトを占め、メーカー別ではCovestroや万華化学集団、BASFが上位を占めます。Covestroはイソシアネート生産で上位に位置するほか、PC樹脂の大手メーカーであり、万華化学集団はMDI生産でシェアトップに位置します。ちなみにCovestroとBASFはドイツのメーカーですが中国に生産拠点を置いており、中国の生産量を牽引しています。国内では東ソー、帝人、三菱ケミカルが主な生産元です。
今後の見通し
今後の見通しは主な用途先であるPUFとPCの動向が参考になります。建築物の断熱材として使われる硬質PUFは世界人口の増加に伴う建築物の増加や、省エネ化に伴って需要が拡大する見込みです。軟質PUFも同様にベッド類などの需要が高まり需要が伸びると見られています。PC樹脂に関しては軽量化を目的に産業界で樹脂化が進んでおり、自動車や機械類の生産拡大に伴ってPCの需要も伸びる見込みです。こうした背景から原料となるホスゲンの生産量も増えるとみられ、世界では5年で20%前後のペースが予想されます。
技術動向に関しては既に技術が確立しており、低価格化が実現できているためこれ以上の効率化は進まない可能性が高いでしょう。安全を維持し続けられるかが課題といえます。
まとめ
PUFやPCの原料として使われるホスゲンはこれら製品の需要増加に伴って生産量が拡大する見込みです。日本では伸びが鈍化していますが、中国やアジア新興国では著しく伸びるでしょう。ただし新規のメーカーが台頭する可能性は低く、現状の大手メーカーがシェアを握り続けると思われます。